本物を愛するこだわりブログ「mono-blog」

大量消費社会の弊害が出始め、あらためて物を大切に扱うことの重要性が問い直されている今、物作りに全身全霊を込める職人やデザイナーなど現代の“匠”の人物像に焦点を当てて紹介していく
東京下町に世界に通用するすご腕の日本人職人がいた!! パイプメーカー・柘製作所のパイプ職人。名は福田和弘。たばこを吸うための実用品であるとともに、一種の芸術品でもあるハンドメイドパイプを作り続け、世界中の愛煙家から支持されている匠の技の物語をたどる。
柘製作所では、皇室ご一家の傘を手掛ける東京・浅草の傘専門商店・前原光榮商店とコラボレーションし傘の制作も行った。
【柘製作所】
パイプ職人/福田和弘
ハンドメイドパイプ“イケバナ”は、年間200〜250本が柘製作所の工房で福田の手によって素材に応じて一つ一つ丁寧に作られ、世界中に送り出される
「寝ても覚めてもどういう形で作ろうかなって頭がいっぱいですね」
さまざまな分野の職人たちが暮らしていた東京の下町・浅草の雷門に程近い区域。そこに柘製作所の工房があり、パイプ職人・福田和弘は日々パイプ作りに没頭している。そんな福田がパイプ職人の道を歩み始めたのは15歳の時。「父がパイプ職人だったというのはきっかけの一つでしょうね」と福田。子供の頃からパイプ職人の父親の背中を見て育った福田にとって自然の成り行きだった。第二次世界大戦後、日本ではパイプが急速に普及。それに合わせて柘製作所でも安価なパイプが大量生産される中、終戦から5年後に入社した福田はパイプ作りのノウハウをものにしていった。

ここでは、それぞれの場所でチャレンジを続ける街の匠、3人が登場する。まずは、奈良時代から続く“日本銀器”を継承した、伝統工芸士。彼は「伝統」と「ムーブメント」を練り合わせ、“新しいモノ”を作り出す

「“時代”に自分から入っていかないと」
日伸貴金属の上川宗照が先代に師事して鍛金技法の修業を始めたのは16歳の時。それ以来、半世紀近く銀や金をはじめとする金属をたたき続け、現在は経済産業大臣指定伝統的工芸品東京銀器の伝統工芸士として活躍。そんな上川に“一人前になったと自覚されたのは何年目ですか?”と尋ねると……。 「自覚したことはないですね」と即答「とんでもなく奥が深いんです。その時代その時代によって、お客さまのニーズが変わっていきますから。貴金属業界は特に時代に流されますね。時代のブームの中に自分から入っていかないと置いていかれるんです」
日伸貴金属/上川宗照
本名・上川一男。’45年3月8日、東京都生まれ。父である初代宗照に師事し、’77年二代目宗照を継承。東京都優秀技能者知事賞などを受賞している
銀製・名刺入れ
伝統工芸士・上川宗照の手による銀製の名刺入れ。銀のプレートから伝統技法を用いて形作られ、表面には唐草文様の彫金加工が施されている。
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「その車が持つ旨味をいかに引き出すか、なんです」
物のない時代に育った。「車そのものにあこがれがあった時代だったから、車関係の仕事に携わって。ずっと車業界でやってきました」。iS.ME(イズ・ミー)代表取締役、泉秀樹は言う。好きな車に関係した仕事の中でも、彼は内装に“夢”を重ねた。各国で開催される華やかなモーター・ショー。メーカーから先端技術の粋を集めて持ち込まれるコンセプトカーが「夢のような車」に見えた。これが彼の原点となった。「誰も乗ってないような車がそこにあるわけですよ。ところが市場へは普通の車しか出てこない。でも、あの夢のような車を街で走らせたいでしょ? じゃあその、マスプロダクションへの過程で削ぎ落とされた、内装デザインに対するニーズがあるはずだ、と。かつ、ヨーロッパの貴族とかアラブの王様の物で終わらずに、手を伸ばせば乗れる価格にしよう、と。それで始めたんです」
is.ME/泉 秀樹
’50年2月、東京都生まれ。自動車ディーラーの営業を経て、’78年に前身のオートメイクスを設立、’93年、iS.MEを立ち上げる。師事の経験はなく、技術は独学で身に付けた
「もっと日本に合った洋菓子を作れるんじゃないか」
ふと頭に浮かんだ、こんな疑問がすべての始まりだった。
「フランスのお菓子を、そのまま日本に持ってきても合わないんじゃないだろうか? この甘味や濃さは日本人の気質や体質に合わないんじゃないだろうか? 昭和59年に阿佐ヶ谷に初めてのお店を出したんですけど、その頃から、そんなことを考えるようになりました。もっと日本の気候や風土に合った洋菓子を作ることができるんじゃないかなって」
 新宿区神楽坂にある洋菓子店「ウッドマンズケーキ」。その店主、桜井隆史は、お茶屋さんから10年程前に依頼された洋菓子の開発をきっかけに、この疑問と再び向き合う。
ウッドマンズケーキ/桜井隆史
’47年、神楽坂生まれ。’68年にパティシエとして歩み始め、’84年に独立、阿佐ヶ谷にウッドマンズケーキを出店する。’98年、神楽坂に店を構えた

音楽に携わる“匠”にピントを合わせる。まずはヤイリギター。ポール・マッカートニー、桑田佳祐、桜井和寿、BEGIN……、国内外のアーティストが愛するギターは、かたくなに手作りだった
職人っていうのは“たわけ”だ。ゆったりとした、そして芯のある声で、矢入一男は何度か“たわけ”という言葉で自分を言い表した。ヤイリギター社長にして、約30人の職人を束ねる親方が発する“たわけ”は、“誇り”と“信念”と“少しの茶目っ気”を含んでいた。
 現在77歳。「ギター作りを60年間、“たわけ”の一つ覚えでコツコツやってきた。職人であることが若い頃からただ好きで今まできたわな」。
 ヤイリのギター作りは職人が手作業で仕上げていき、大がかりな機械は一切介入しない。ゆえに一日に仕上がるのは20〜30本ほど。「確かにこれは今の時代から全く乗り遅れとる。でもウチは、ギターを“組み立てている”のではなく、あくまで“作る”。そこに職人の礎がある」。
http://www.yairi.co.jp/
職人は、材料の木と向き合いながら手で作っていく。その木は十数年寝かされるが、これは乾燥だけが目的ではない。ギターの表に使う寒い場所で育った木と、裏側の赤道直下の木を、同居させなじませる時間でもある。矢入社長は言う。「育ちが違うのを一瞬で付けてしまうとな、夫婦としてやれっこないだろ?」
【その他のラインナップ】
text:植田充輝 photo:神保達也


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